※本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。
「柳刃を両刃と同じつもりで研いだら、切れ味が落ちた」
「裏をしっかり研いだのに、なぜか刺身がきれいに引けない」
「刃のラインがガタガタになってしまった」
片刃の包丁で、これらは本当によく起きる失敗です。そして原因は、腕でも砥石でもありません。両刃と片刃は、研ぎ方がまったく別物だからです。
こんにちは。現役の和食料理人です。柳刃包丁(銀三・9寸)は毎日研いでいます。刺身を引く仕事において、研ぎは準備ではなく仕事そのものだからです。
この記事では、柳刃を例に片刃の包丁の研ぎ方を、私が毎日実際にやっている手順で解説します。とくに、家庭向けの解説ではほとんど触れられない「糸刃(いとば)」という仕上げの工程をお伝えします。これをやるかやらないかで、刃の長切れがはっきり変わります。出刃包丁も基本は同じなので、後半で違いだけ補足します。

片刃と両刃は「別の道具」です
まず、ここを押さえておくと以降の話がすべてつながります。
両刃(三徳包丁など)は、表と裏の両方から角度をつけて研ぎ、左右対称の刃をつくります。片刃(柳刃・出刃など)は、刃がついているのは表側だけ。裏はほぼ平らです。
そして片刃には、両刃にはない3つの部分があります。
| 名前 | 読み方 | どこのこと? |
|---|---|---|
| 切刃 | きりは | 表側の、斜めに削られた広い面。ここ全体が刃です |
| 鎬 | しのぎ | 切刃と包丁の平(側面)との境目にある線。研ぎの通信簿のような線です |
| 裏スキ | うらすき | 裏側の中央がわずかにへこんでいる部分。食材離れをよくするための構造です |
こちらが裏側です。冒頭の写真(表)と見比べてみてください。

表は切刃という広い斜めの面になっていましたが、裏はご覧のとおり平らです。そして刃先に沿って、細い帯のような部分が見えると思います。ここが裏押しです。
裏スキのまわりに残っている、ふちの平らな部分。ここを砥石に当てて整えることを「裏押し(うらおし)」といいます。片刃の研ぎでいちばん失敗が多いのが、この裏押しです。詳しくは後半で解説します。
準備は両刃とまったく同じです
研ぎ始める前の準備は、両刃の包丁と変わりません。
- 砥石を30分、水に浸ける(砥糞(とくそ)を安定して出すため)
- 面直しで砥石の面を平らにする(斜め → まっすぐ)
- 布巾を敷いて、砥石が動かないようにする
この3つの理由と具体的なやり方は、包丁の研ぎ方|現役和食料理人が教える「角度の作り方」と失敗しないコツで写真つきで解説しています。まだの方は先にそちらを読んでいただくと、この記事がぐっと分かりやすくなります。
とくに面直しは、片刃ではさらに重要です。片刃は切刃という広い面を砥石にぴったり当てて研ぐので、砥石がへこんでいると、その歪みがそのまま刃に写ってしまいます。
STEP1|表(切刃)を、ベタッと寝かせて研ぐ
ここが両刃との最大の違いです。
両刃では「90度 → 45度 → さらに半分(約22度)」と角度をつくりましたが、片刃では角度をつくりません。
切刃全体を、ベタッと砥石につけて研ぎ上げます。これだけです。角度を探す必要も、決める必要もありません。切刃という面そのものが、すでに正しい角度だからです。

やることは、この面を砥石に密着させたまま動かすこと。浮かせない、立てない。両刃で身につけた「決めた角度を最後まで動かさない」という原則は、片刃でもそのまま生きます。
写真のように、今研いでいる部分を、指の腹で上から押さえます。力で削ろうとするのではなく、切刃が砥石から浮かないように支えるイメージです。指で押さえた場所が研げている場所、と考えてください。
鎬の線を見れば、正しく当たっているか分かります
切刃がきちんと砥石に当たっていれば、鎬の線はまっすぐ、きれいなままです。逆に、途中で手首の角度が変わると、鎬の線が波打ったりガタついたりします。

研ぎながら、ときどき鎬の線を見てください。この線が乱れていなければ、正しく研げています。
刃は3つに分けて
柳刃は刃渡りが長いので、一度に全体を均一に研ぐことはできません。切っ先・中心部・刃元の3つに分けて、順番に研いでいきます。この考え方は両刃と同じです。
STEP2|カエリを確認する。片刃は「裏」に出ます
研げているかどうかの確認方法は、両刃と同じ「爪に当ててみる」です。刃を爪に軽く当てて、ツルッと滑らず引っかかればOK。
ただし、和包丁には特徴があります。洋包丁よりも、さらに爪に食い込む感覚があります。この「食い込む」感じが出てきたら、表は研げています。
表を研ぐと、削られた金属が刃先からめくれて裏側に出てきます。これがカエリです。片刃は表しか研がないので、カエリは必ず裏に出ます。
カエリはごく薄いので、写真ではまず見えません。指先で裏側を刃先に向かってそっとなでると、ザラッと引っかかる感触で分かります。刃先に沿って指を動かし、切っ先から刃元まで全体にカエリが出ていれば、表は研げています。
※このとき、刃先と平行に指を滑らせないでください。切れます。刃を横切る向きに、軽く触れるだけにしてください。
このカエリを落とすのが、次の裏押しです。
STEP3|裏押しは「6〜7往復」だけ
ここが、片刃でいちばん失敗が多い工程です。
裏を砥石に平らに当てて研ぎます。回数は6〜7往復ほど。表と比べると、圧倒的に少ないです。
力加減は、砥石に固定するくらい。そこまで強く押さえつけません。押しつけるのではなく、浮かないように支える感覚です。

写真のように、片方の手で柄を支え、もう片方の手の指で刃を押さえます。裏全体が砥石に平らに乗っている状態をつくることが目的なので、どちらかに力が偏らないようにします。
なぜ、たったこれだけなのか
裏を研ぎすぎると、裏押しの部分そのものがなくなってしまうからです。
裏スキのまわりに残っている、あの細いふちの平らな部分。ここが裏押しです。研ぎすぎるとこの幅がどんどん広がり、やがて裏スキを食いつぶします。そうなると自分では直せません。研ぎ屋さんに出すことになります。
とはいえ、やらなくていい工程ではありません。バランスよく刃をつけるには、裏押しは必要です。カエリを落とし、刃先を仕上げるための工程です。「やらない」ではなく「少しだけやる」が正解です。
STEP4|仕上げの「糸刃」をつける。ここが長切れの正体です
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい工程です。
切刃が研ぎ上がったら、最後にわずかに角度を上げて、刃先だけにごく細い刃をつけます。これを糸刃(いとば)といいます。糸のように細い刃、という意味です。
糸刃のつけ方
- 切刃を研ぎ上げた状態から、ほんのわずかに角度を上げる
- 刃元から切っ先にかけて、砥石の手前から奥へスーッと滑らせる
- これを3回ほどで仕上げる
ゴシゴシ往復させません。奥へ滑らせる、その一方向だけです。回数もたった3回。あっという間に終わる工程ですが、非常に重要です。

「わずかに」がどのくらいかは、言葉より写真のほうが早いと思います。切刃をベタ当てしていた写真(STEP1)と見比べてみてください。刃の背がほんの少し浮いているだけで、大きく立てているわけではありません。このほんの少しが糸刃です。
ついた糸刃は、こう見えます

刃先に沿って、うっすらと白く光る細い線が見えると思います。これが糸刃です。切刃の面とは光の反射が違うので、こうして見ると幅がはっきり分かります。
幅にして、ほんのわずか。「刃をつけ直した」のではなく「刃先に一枚だけ薄い保険をかけた」という感覚に近いです。この線が見えていれば、糸刃はきちんとついています。
なぜ糸刃をつけると長切れするのか
切刃をベタ当てで研ぎ上げたままの刃先は、鋭いぶん、とても薄くて弱い状態です。よく切れますが、その切れ味は長続きしません。
そこに糸刃をつけると、刃先だけがほんのわずかに厚くなります。この「わずかな厚み」が、刃先を守ってくれます。結果として、長切れする刃になります。
切れ味を一瞬だけ最高にするのではなく、仕事の終わりまで切れ続ける刃をつくる。これが現場の考え方です。糸刃は、そのための工程です。
砥石の番手|柳刃は#8000まで使います
両刃の包丁なら、家庭では中砥#1000の1本で十分です。ただし柳刃は別です。私は#8000の仕上砥まで使っています。
理由は、刺身を引いたときにはっきり差が出るからです。
- 刃の入り方が違う
- 刺身の断面のなめらかさが違う
- 刺身のつやが圧倒的に違う
以前は#4000で仕上げていた時期もありました。それでも切れます。ただ、和包丁には物足りなさを感じて、今は#8000で仕上げています。
刺身は、包丁の切れ味がそのまま口当たりになる料理です。断面がつぶれていれば舌に残りますし、つやがなければ見た目も落ちます。#8000は、味と見た目に直結する投資だと考えています。
ちなみに、私が仕事で使っている#8000は築地正本のものです。ただ、こちらはネット通販ではあまり見かけません。そこで、同じ#8000クラスで手に入りやすいものを2つ挙げておきます。
すでに刃の黒幕#1000を使っているなら|シャプトン 刃の黒幕 メロン #8000
中砥に刃の黒幕#1000を使っている方は、同じシリーズで揃えるのがいちばん迷いません。砥石が変わると当たり方の感触も変わるので、シリーズをそろえておくと、番手を移ったときの違和感が少なくて済みます。
キングデラックス#1000を使っているなら|キングゴールド G-1 #8000
中砥にキングデラックス#1000を使っている方は、同じメーカーのこちらで揃うかたちになります。台がついていて、面直し用の名倉砥石も付属しているので、届いてすぐ使い始められます。
ひとつ注意点があります。砥石には、しっかり水に浸けてから使うタイプと、水をかけてすぐ使えるタイプがあります。この記事では「30分浸ける」と書いていますが、これは浸水させて使うタイプを前提にした話です。お手持ちの砥石の説明書きに従ってください。
普段使いの砥石選びについては、家庭用砥石おすすめ3選|#1000一本で包丁が生まれ変わるで、私が実際に使っている砥石を紹介しています。
研ぐ頻度|柳刃は毎日、ただし全部は研ぎません
「毎日研いでいます」と言うと驚かれるのですが、毎日フルコースで研いでいるわけではありません。普段と週1回で、やることを分けています。
| タイミング | 使う砥石 | やること |
|---|---|---|
| 毎日 | #8000のみ | しっかり刃がついているので、仕上げるだけ |
| 週に1度 | #1000 → #8000 | #1000で刃全体を整えてから、#8000で仕上げる |
これを繰り返しています。刃が落ちきる前に、毎日少しずつ戻す。だから毎日でも短時間で終わりますし、包丁も余計に減りません。
家庭で毎日は現実的ではないと思います。それでも、「切れなくなってから研ぐ」より「切れているうちに軽く研ぐ」ほうが、はるかにラクで包丁も長持ちするという考え方は、そのまま使えます。
私の失敗談|研ぎ屋さん行きと、ダメにした1本
えらそうに書いていますが、私も失敗しています。
ひとつは、切刃の角度を変えて研いでしまい、刃線が狂ってしまったこと。ベタ当てを守らず、自己流で角度を変えた結果です。刃のラインが狂ってしまい、自分では直せなくなって、研ぎ屋さんに直してもらいました。
もうひとつは、もっと痛い失敗です。研ぎすぎて刃がぺらぺらになってしまい、包丁そのものをダメにしてしまいました。包丁は研げば必ず減ります。減った分は二度と戻りません。
だからこそ、この記事で何度も「切刃はベタ当て」「裏は研ぎすぎない」とお伝えしています。片刃の失敗は、自分では取り返せません。迷ったら、研がずに一度手を止めてください。それがいちばん安全です。
出刃包丁ならではの注意点
出刃は、柳刃とは仕事の内容が違います。刺身を「引く」柳刃に対して、出刃は魚を叩く・外す・割くための包丁です。骨に当たる前提の道具なので、注意点も変わります。
- 基本の手順(切刃はベタ当て・裏押しは少しだけ・糸刃で仕上げる)は柳刃とまったく同じです
- 刃こぼれを中砥だけで直そうとしない。欠けが深いときは荒砥#220の出番です
- #8000まで仕上げる必要はありません。骨に当てる包丁なので、刃先を薄くしすぎても欠けるだけです
そもそも刃こぼれさせない使い方については、家庭用出刃包丁の選び方|サイズ・鋼材・刃こぼれさせない使い方で解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 糸刃をつけないとどうなりますか?
A. 研いだ直後はよく切れます。ただし刃先が薄く弱いままなので、切れ味が落ちるのが早いです。糸刃は3回滑らせるだけの工程なので、必ず入れることをおすすめします。
Q. 裏押しは毎回やるべきですか?
A. 表を研ぐとカエリが裏に出るので、その処理として毎回行います。ただし6〜7往復ほどで十分です。「毎回やるが、少しだけ」と覚えてください。
Q. 裏スキがなくなってしまったら、自分で直せますか?
A. 自分では直せません。研ぎ屋さんに相談してください。そうならないために、裏は研ぎすぎないことが何より大切です。
Q. 家庭でも#8000は必要ですか?
A. 刺身を引くなら、あると仕上がりが変わります。ただ、まず必要なのは中砥#1000と面直しです。#1000でしっかり研げるようになってから、#8000を足すのがおすすめです。
Q. 三徳包丁の研ぎ方と何がいちばん違いますか?
A. 角度をつくらないことです。両刃は「90度 → 45度 → さらに半分」で角度をつくりますが、片刃は切刃をベタ当てするだけ。両刃の手順は包丁の研ぎ方の記事をご覧ください。
まとめ|片刃は「守る研ぎ」です
- 片刃は角度をつくらない。切刃をベタッと寝かせて研ぐ
- 正しく当たっていれば鎬の線が乱れない。ここが通信簿
- カエリは裏に出る。和包丁は爪への食い込みが強い
- 裏押しは6〜7往復だけ。固定するくらいの力で。研ぎすぎると裏押しが消える
- 仕上げに糸刃。わずかに角度を上げて、刃元から切っ先へ、手前から奥へ3回。刃先にうっすら白い線が見えればOK
- 柳刃は#8000まで。刺身の断面とつやが変わる
- 毎日は#8000のみ、週1で#1000から整える
両刃の研ぎが「角度をつくる研ぎ」だとすれば、片刃の研ぎは「もとの形を守る研ぎ」です。包丁が持っている切刃と裏スキを崩さないように、そっと戻してあげる。それだけで、片刃は応えてくれます。
砥石選びは家庭用砥石おすすめ3選、包丁そのものの選び方は柳刃包丁の選び方・出刃包丁の選び方で解説しています。両刃の研ぎ方は包丁の研ぎ方をご覧ください。

